東京高等裁判所 昭和54年(う)1703号 判決
被告人 森廣知加士
〔抄 録〕
当時被告人と千代子との間に緊迫した離別の危険をはらむ夫婦生活の破綻状態があったことは、所論をまつまでもなく、疑いのない事実といわざるをえない。しかし、千代子の気持を同人の右供述調書によって更に仔細に観察してみると、同女は、仕事を怠って酒に親しみ、飲酒しては同女につらくあたる被告人の扱いに窮しながらも、同年三月初旬今泉のもとで、家計を立て直すために店をやめて夫婦共働きの生活に切りかえることを話し合ったさいには、被告人がまじめに働いてくれるならば自分は被告人と離れない旨の発言をしており、また、同月八日夜右のようにいわれのない乱暴を受け、同月九日夕刻から今泉方に身を寄せているときにも、二回にわたって同人方の従業員に被告人を呼びに行ってもらい、被告人が迎えに来ることを内心期待していた節が見受けられるとともに、これに対する被告人の拒絶にあって、翌同月一〇日午後被告人のもとに荷物を取りに行った段階においても、なお、仕方なしに家を一旦出ようかとも思ったという程度の心境であったことが認められるのであって、結局、千代子としては、被告人に愛想をつかし、離婚のことを真剣に考慮する反面において、被告人が酒を慎しみ、乱暴をやめて、まじめに仕事をしてくれるならば、再び被告人のもとに戻ってもよいとする考えを気持の中に残していたというのがその偽らぬ心情であったと考えられる。一方、被告人の側をみると、その検察官及び司法警察員に対する各供述調書及び右千代子の供述調書にあらわれているとおり、同月一〇日午後千代子が荷物を取りに来たさいに、腹立ちまぎれに、いつでも離婚の判を押してやるなどと言いながら、たんすの中の衣類等を放り出すようにして千代子と子供の身の廻り品の殆どすべてを持たせて帰したものの、みずから気持のいらだちをおさえることができず、外出して飲酒を重ねたのであるが、その間、外出先の飲食店から今泉方に電話をかけ、直接妻と話をすることによって妻の真意を確かめようとした事実が認められるのである。かようにして、被告人と千代子とは、その夫婦としての共同生活の破綻から、双方の感情に激しい動揺と曲折をくりかえし、本件犯行の行われた日の前日からは、寝食の場所を異にするほどの険悪な状況に立ちいたってはいたが、なお、双方ともその気持の真底から従前の家庭生活を清算して離別するか又は長期間別居しようとするまでの意思を固めていたものとはみられないのであり、特に、千代子の場合は、前記のように、被告人の応答と出方によっては、被告人のもとに戻ってこれとの共同生活を続ける意思を気持の一隅に保有していた様子を十分うかがい知ることができるのであって、かかる以上、被告人による放火の対象となった本件建物は、右犯行の行われた時点において千代子と子供二人の衣類、調度品等の殆どすべてが他に運び去られていたとしても、その数時間前まではこれらが同女らの居住に伴う生活用具として相応の場所に存在する状態が長く継続していた経過ともあいまって、右犯行の当時においても依然被告人の妻である千代子とその子供二人の住居たる性質を失うにいたっていなかったものと解するのが相当といわなければならない。
(四ツ谷 西川 阿蘇)